第2064号2019年11月10日
県内各地の教育実践研究が御殿場に集結 第69次教育研究静岡県集会開催

 10月26日(土)・27日(日)に、第69次教育研究静岡県集会が、御殿場市立御殿場小学校を会場として、県内各地から700人を超える組合員の参加のもと開催されました。本集会開催にあたり、開催地である御殿場市及び御殿場市、裾野市、清水町、長泉町、小山町各教育委員会を始め、多くの関係諸団体からの後援をいただき、開会にあたっては、御殿場市長、御殿場市教育長を始め多くの来賓の皆様にも御臨席賜りました。また、開催地である駿東支部及び東部ブロックの多くの組合員の皆さんには、万全の準備を整えていただき、当日においても様々なところでご協力いただきました。ありがとうございました。

鈴木伸昭中央執行委員長は、多くの関係者の熱意と協力によって開催される本集会が、憲法と子どもの権利条約の理念を基盤に、人権が尊重され民主主義に依拠した平和な社会の形成者としての人づくりをどうすすめていくかということ、子どもを学びの主体とし、その子なりの自己実現を図るための力をどう育むかということに力点を置き、自由闊達に意見を交わす場であることを述べました。その上で、長きにわたって築きあげてきた自主自立の風土を大切にした教育研究活動の意義を理解し、本集会を充実したものにしていただきたいと参加者に訴えました。

また、来賓を代表して若林 洋平 御殿場市長からあいさつをいただき、その後、早稲田大学教授であり教育文化総合研究所 所長を務められている菊地 栄治さんを招き、記念講演が行われました。

1日目午後から2日目にかけては、24の分科会(うち2つは小分科会)と栄養教職員部懇談会が開催されました。さらに昨年度に引き続き「特別の教科 道徳」の特別分科会も行われました。

今回は計201本のリポートが発表され、各分科会で熱い討論が行われました。

教育が果たすべき役割を私たち教職員が常に問い続けて
〜第69次教育研究静岡県集会 中央執行委員長挨拶〜

静岡県教職員組合
中央執行委員長
鈴木伸昭

今年4月、世界13か国、200人以上の研究者が協力するプロジェクトにより、史上初のブラックホールの撮影に成功したとのニュースが流れました。オレンジ色のドーナッツ状の天体がぼんやりと映った一枚の写真でしたが、その一枚がいかに偉大な一枚であるかはニュースの取り上げ方から推察できるものでもありました。しかし、何の役に立つのか?大騒ぎする必要があるのか?と疑問に思う方がいても不自然ではありません。ただ、私がここで申し上げたいことは、国境を越え多くの研究者が時間と経費と労力を費やし、この一枚の写真を撮ることに執着してきたということは、そこに探求すべき価値があり、未知の事柄を放っておけない知的好奇心が人にはあるということです。この見えないものを何とか見てみたいという探求的な姿勢が、まさに学びの原点です。子どもたちの学びも、わからないことを何とか解決したい、できないことを何とかできるようにしたいという意欲や興味・関心が、持続的な学びを支えるエネルギーとなります。それを引き出すのが教育の役割であり、学びの原点を見失ってはならないということを、このニュースから改めて思いを強くした次第です。

そのような中、同じ今年4月、文部科学大臣から中央教育審議会に対し「新しい時代の初等中等教育の在り方について」と題した諮問がなされました。その内容の主たるところは、今後迎えるであろう高度先端技術と人間が共存する時代、いわゆるSociety5.0に向け、学ぶ力の基盤となる語彙力・読解力の向上策、義務教育9年を見通した学級担任制及び教科担任制の在り方、高校における普通科の改革を含めた各学科の在り方等を審議の柱としています。変化の激しい社会において、こうした先取りの議論は必要であることは理解しつつも、さらに新たな課題に教育界は向き合わなければならないことが予想されます。それは対応する教職員にとっての課題にとどまらず、求められるものが高度になればなるほど、子どもたちの間で対応できる子と追いついていくことに苦しさを感じる子の二極化が懸念され、十分な配慮が必要となってきます。過日、全国のいじめ認知件数、不登校児童生徒の数が、いずれも過去最多であったことが明らかになりました。数字の増加は調査が緻密になったことの裏返しでもありますが、現在の学校が子どもにとって圧迫感があり、かならずしも居心地の良い場所になっていない所があるという受け止めは必要だと思います。さらには、中教審への諮問の背景には産業・経済界の意向を受けた「人材育成」の側面が透けて見えており、教育基本法に示された「人格の完成」という教育の目的と照らし合わせ、子どもたちとの接点にいる私たち教職員が、常に教育が果たすべき役割を問い続けることの必要性を感じます。

子どもをとりまく課題としては、家庭における虐待や貧困に起因する問題もしばしば話題に上っています。日本は子どもの相対的貧困率が先進国の中で非常に高い数値を示すなど、家庭の経済的格差が拡大し、教育の格差につながっている状況も問題となっています。子どもの権利条約が国連で採択されて30年となる今、子どもの人権や学ぶ権利をどう保障するかという課題に改めて向き合う必要性が生じています。SDGs(持続可能な開発目標)が掲げるように、誰一人取り残すことなく、誰もが質の高い教育を受けられ、健康的な生活を送れるようにしていくことは、私たち大人の責務であることを確認し合っておきたいと思います。

このように教育に対する要請や期待が高まる中においてこそ、私たちは押し寄せてくるものを無批判に受け入れるのではなく、できること、担うべきことを見極め、主体的・能動的な教育活動を展開する必要があります。子どもたちとの接点にいる私たち教職員が、社会の変化を捉えつつも、子どもの実態を踏まえ、また平和・人権・環境・共生といった視点を見失わず、これからの社会を生きていくために求められる力とはどんな力なのか、自分たちで落とし込んでいく必要があります。そのための教育研究活動は大切にされるべきであり、今推しすすめられている働き方の見直しも、こうした力量形成のための時間を生み出すためのとりくみであるべきと考えます。与えられた研修だけでなく、こうした長きにわたって築きあげてきた自主自立の風土を大切にした教育研究活動の意義を理解し、本集会を充実したものにしていただければと願うものです。

記念講演「他人事≒自分事」
〜教育と社会の根本課題を読み解く〜

早稲田大学教授
菊地栄治さん

講師である菊地栄治さんは、教育社会学・教育経営学・教育学を専門とし、不登校・「学級崩壊」・高校中退・貧困など、教育社会のゆらぎの背景と教育改革のあり方について、実証的研究等にもとづいて研究活動を展開されている方です。現在は、とくに高校教育改革を中心テーマとしつつ、校種等を超えて有意義な改革モデルを軸に据え、具体的な学校づくりにかかわりながら、広く若者のエンパワメントのあり方について研究をすすめられています。

今回は、「他人事≒自分事 ―教育と社会の根本課題を読み解く―」と題して、子どもたちの自己実現へとつながる、教育が本来求めるべきものとは何なのかについて、わかりやすく丁寧に語られました。

■「他人事≒自分事(他人事を自分事としてとらえること)」のはじまり

「学校って何なんだろう」ということが厳しく問われている昨今、「他人事≒自分事」…このことが今の時代に一番大切なことだと私は考えている。

私たちは、一生懸命に奔走して生きるほど、物事を他人事化して見過ごしてしまいがちである。また、貧困、障がい、生きにくさ、戦争、差別…の問題は、伝えようとすればするほど相手に距離を置かれてしまいがちだ。しかし、『この世界の片隅に』(こうの史代原作、片渕須直監督、2016年)という映画作品には、不条理な戦争を自分事として受け止めさせるための仕掛けがある。中心(テーマ)が見えてくるよう、例えば食事のシーンなど、日常のベースになる場面(片隅)を丁寧に描きだしているのである。

■子どものゆたかな学びの危機

現代社会における特徴の一例として、能力主義の影響で、安心・安全がより大切にされ、異質な他者との出遇いの機会が激減している。不登校(過去最多の16万人)の問題も社会の現状を反映している。

「今」(現在)よりも「未来」を充実させることを優先しようとするあまり、他人に起こっている出来事を自分に起こっている出来事と重ね合わせること(他人事≒自分事)によって生まれる「つながり」を、子どもたち自身で見出すことが難しくなっている。

■教員のゆたかな学びの危機

この15年間で「過労死水準」で働く教員は倍増し、教員同士の対話的関係が劣化している。「働き方改革」はすすめられているものの、「皆で話し合って決めない傾向が強くなっている」「教員の仕事が流れ作業としてライン化している」「専門職であるはずの教員の『自律性の意識』が失われている」等の課題が生じている。しかし、教員が専門性や自律性を失ったら教員ではなくなってしまう。だからこそ、これらのものは大切に守らなければならない。

また、「若手教員を育成する環境の劣化」や「転ぶことをよしとしない組織」により、若手教員が保守化されやすい構造になっている現状もある。

■「他人事≒自分事」の試み

子どもは、「力」を付ければ活動ができるようになるのではなく、その子にとっての「意味」が見つかれば活動につながる。大切なのは、その子にとっての「意味」を教員がいっしょになって探し求めることにある。だから、子どもたちの姿、厳しい現実から実践を組み立てていくことが大切である。教育の根本は「伝えること」、「重ね合わせること」であり、教員は「他人事≒自分事」のプロフェッショナルだ。わかり得なくても、わかろうとする努力を積み上げていくことが大切であり、そこにこそ教育の可能性がある。

私たちは、「弱さ・できなさ」×「わからなさ」という人間の限界性を受け入れることや「悪さ・いたらなさ」×「わからなさ」という社会の限界性を受け入れることの意味を、今一度見直すべきではないか。この二つのことが腑に落ちたとき、「他人事≒自分事」が自分のものになり、少しずつ学校と社会は変わるはずだ。

記念講演の感想
  • 未来のためだけでなく、今を大切にする子を育てたいと思った。心に残る言葉がいくつもありためになる講演だった。
  • 「付けたい力」にこだわりすぎていたかなと思った。「意味」を考えて教育活動を展開していきたいと思った。日頃の自分の考え方を見直す良い機会となった。
  • 弱い部分や困ったことを排除してしまうのではなく、認める…というのが参考になった。
  • 自分の日々はどうかといろいろ考えさせられる講演だった。子どもにとっても教職員にとっても、他人事を自分事としてとらえることができる教員でありたいとあらためて思った。
  • 教育のありようによって、これからの時代も変わっていく。個が尊重されながらも、みんなでやることの大事さを感じられるようにしていきたい。

各分科会で熱い討論 〜参加者の声〜

外国語教育分科会

社会科教育分科会

数学教育分科会

体育分科会

総合学習分科会

  • どの参加者のリポートにも光るところがあり、とても参考になった。互いの良さを認め合う明るい雰囲気で質疑・討論が行われたこともよかった。
  • 他地区の方の実践をたくさん聞き、今後の自分にすぐに生かしたいことが 吸収できた。小中のつながりについても考えていきたい。
  • じっくりたっぷり話し合うことができて有意義な時間がもてた。型には めず意見や感想が言える場をつくってもらいありがたかった。
  • メディアに関する発表が多く、今一番関心のあるテーマだと再確認した。様々なとりくみが紹介されていたので、参考にさせていただきます。
  • 具体的なとりくみを知ることができたのはよかった。指導の手だてを多くもつことが大事だと思うので、今後、学校・地区に還元していきたい。
  • 専門的な用語もたくさんあったが、細かく教えていただいた。実践の積み重ね、個々のケースに寄り添う心が大事だと思った。
  • 他地区の実践を紹介していただき、気になったところを質問できるのは本当にありがたい。プログラミング学習は差し迫った課題なので、いろいろ質問できてよかった。
  • どなたも、青年部層が学校で果たせる役割を意識し実践されており、私自身も今後、学校を活性化する役割を担えるよう努めていきたいと強く感じた。
  • 地区ごとの職務環境のちがいに、いつものことながら驚かされる。今ある環境の中で、どのように職務を遂行していくのか、各地区のとりくみやご苦労、がんばりを実感できる時間となった。組合活動の意義、重要性を改めて感じた。
  • 明日からの自分の授業に生かしていきたいと思った。運営面についても、臨機応変で柔軟な対応、進行ができた。
  • 本校にも取り入れていきたい、参考になる実践ばかりだった。少人数の中でもたくさんの意見を交換することができた。