ことば
沼津市立原中学校 1年 五十嵐 羽咲

 原中学校には、至る所に張り紙があります。けっして何かを禁止するような取り締まりの張り紙ではありません。有名な詩人や作家の作品や名言が書かれたものです。
 私は、その張り紙がとてもユニークで素敵だなと思いました。書かれている内容がぐっと心に迫ってくるのはもちろんなのですが、それを大勢の人が見る掲示板として張るという発想も、とても素敵だと思います。誰にでも、日々の生活の中で、辛いことや思わずため息が出てしまうことがあるでしょう。私もそうです。楽しいことばかりではありません。そんな時、ふと壁に目をやると、張り紙が目に留まるのです。私はその度に、
「あぁ、この人はなんて素敵なことを言うのだろう。」
と、染みわたる感動が、つい口をついて出てしまいます。人生について考えさせてくれる言葉、身の回りの些細なことが自分にとってかけがえのないものであることに気づかせてくれる言葉、暗い道を明るく照らし、私たちの背中をそっと押してくれた言葉。張り紙の言葉は、たくさんの知識と考える力を私に与えてくれたのです。身近に名言をおき、それが語りかけてくる何かを感じ、自分が知らない考えに触れてもらう―――人が人を想っての掲示という行動が、名言にさらに力強さや優しさを注ぎ込むのかもしれません。
 こうやって張り紙を見ているうちに、私は前よりも一層考えを深めることができるようになりました。例えば、日めくりカレンダーでも大人気の相田みつをさん。廊下に張られていた詩「つまづいたって/いいじゃないか/にんげんだもの」や「道は じぶんで/つくる/道は 自分で/ひらく/人のつくったものは/じぶんの道には/ならない」は、短い詩ですが、人生を明るく照らしてくれるような前向きな言葉ばかりです。みつをさんの思いを張り紙に感じて、私は、
「くよくよしてちゃいけない。私が歩んでいく道は、けっして暗いところばかりではないのだから。」と思えたりするのです。
 また、トイレの洗面所には、やなせたかしさんの言葉が張られています。「絶望のとなりに誰かがそっと腰かけた。絶望はとなりの人に聞いた。『あなたはいったい誰ですか?』となりの人は微笑んだ。『私の名前は希望です。』」この言葉は、どれだけ絶望に打ちひしがれたとしても、すぐ近くに希望の光は待っている、案外身近なところに解決策はひそんでいるものだよ、という意味だと私は解釈しています。さすが、『アンパンマン』の作者。明るく前向きな比喩表現が上手で、とても心を打たれました。比喩表現だから押しつけがましくないのか、すっと心に入ってきます。
 そうして張り紙の言葉たちに力をもらっているうちに、私は掲示されたもの以外にも詩を読んでみたくなりました。出会ったのは寺山修司さんという方の詩です。「何にでも値段をつける古道具屋のおじさんの詩」と、「海水と涙の比較研究」という詩に、私はため息が出るほど感激しました。比喩表現の嵐とでもいうのでしょうか。本来比べることなどない有形無形のものや思いが、どちらが価値があるかと問いかけてくる書き方に、私は驚き、衝撃を受けました。とても哲学的で、もともと物事の根本に思いをめぐらすことの多い私にとって、まさに運命的な出会いだったと思うのです。
 「生きる意味とは?」「価値があるってどういうこと?」「普通って何?」「始まりと終わりはどんな感じ?」切れ目なく現れるその種の疑問をつきつめて考えていると、知らぬ間に思い切り熱中して語り合っている自分がいたり、震えるほど怖くなったりします。いつか、そんな私の思いの一つ一つを、原中の掲示板で出会った詩人さんや作家さんたちのように人の心に届く言葉に描き上げてみたいと、大きな夢を抱いてしまうのです。

張り紙に込められた「感性」のメッセージを感受性豊かな羽咲さんは、掲示する人の思いも併せて、敏感に感じ取ったのだと思います。張り紙の「ことば」の力を伝える表現も豊かで素晴らしいです。将来、羽咲さんのつむぎ出した言葉が、多くの人々に力を与えてくれることを期待しています。