みんなとは、異なる自分
浜松市立中部中学校 1年 松下 チャミリ

 私は、「ハーフ」である。父がバングラデシュ人で、母が日本人である。「ハーフ」は、この世の中にはたくさんいるが、バングラデシュとの「ハーフ」は、日本には、あまりいない。ここ浜松市はブラジル人がたくさんいる。なので「ハーフ」だというと、ブラジル人だとよく間違えられるのだ。私は、みんなとは違う部分が好きだ。けれど、困ることもよくある。
 「左手で食べ物を食べちゃだめ。」これは、私が食事のたびに言われる言葉だ。バングラデシュの国の文化は、食事するときに、左手を使ってはいけないのだ。母が、バングラデシュに行くときに使わないように教えてくれているのは分かっているが、そこが問題なのだ。それで私は、日本でバングラデシュのマナーの違い、文化の違いが分からなくなってしまうことがよくある。他にも、困ることがある。父はヒンドゥー教だ。なので私は、牛肉を食べてはいけない。学校では食べさせてくれるが、他では食べてはいけない。牛肉はそこまで好きではないが、たまに何が入っているか分からない肉料理や、見ただけでは何が入っているか分からない物があるとき、とても困るのだ。私は、幼いころ牛肉だとは知らずにスパゲッティを買ってしまっておこられたことがある。このようなことは、よくある。つらくはないが、不便なのだ。他の国に行っても、「ハーフ」であるから困ることがあるのだ。
 私は、長ズボンが大、大、大嫌いだ。私には、短いズボンが似合い、好きなのだ。日本での私服は、短いズボンかミニスカートだ。
 小学校一年生の時に私は、バングラデシュに行った。日本では冬だけれど、ここは夏に近いぐらい暑い。今すぐ短パンをはきたい。私は着替えようとした。そしたら、父に長ズボンをはいてと言われた。私は、意味が分からなかった。こんなに暑いのに、短パンをはいてはいけないだなんて。母は、バングラデシュでは、女の人が手足を出して、人に見せてはいけないと言った。私は一年生で幼かったのでそのときは許してくれたが、四年生の時にはダメだと言われた。長ズボンは歩きにくいし、暑いし、運動できないし、本当に最悪だった。
 それにバングラデシュの文化では、四年生ぐらいから外で遊ばないので親の手伝いをしないといけない。だから外に行って男子のいとこと遊ぼうとしても女子のいとこにとめられて、テレビは言葉が分からないのでおもしろくなく、とてもイヤだった。慣れない土地で、慣れないことや文化の違いをマスターして生活するのはとても難しいことと改めて分かったのだ。これは、バングラデシュにいて、よくある不便で困る話だ。
 私は、ふと鏡や写真を見たりして思うことがある。
「あ、違うんだった。」
心は純日本人である。みんなとは、違う見た目や雰囲気は、私の良いところであり、特別感がありとても好きだ。けれど、みんなと写真をとった時、
「あれ、一人だけ違うやつがいるぞ。」と、思うことがよくある。私は日本人より肌の色が茶色だ。一人だけ黒いと、写真をとるときはみんなと同じイメージでとっているのに、違う自分がいる。別にすごくイヤではないが、違うんだったと思ってしまう。外国でとると違和感はないが、日本で友達ととると、気になってしまう。
 私は、バングラデシュとの「ハーフ」なのでどちらかというとインド系だ。でも肌が少し茶色というだけで「黒人」という人がいる。まず、インド系の人と黒人の違いを分かっていない。私は「黒人」ではない。自分のこの肌の色が気に入っているのに、黒いと言ったりきたない色だと言ったりする人がいる。からかっているのは分かるが、イヤな気分になるときもある。
 このような肌の違い、見た目の違い、気持ちの違い、文化の違いで困ることが、私には他の人よりもあると思う。イヤになったり困ったりすることもよくある。けれど、それが私の良いところであり、好きなところでもあるのだ。どんな人にも、いろいろな「自分」があると思う。自分自身が思っている自分、他の人から見られた自分、好きなところも嫌いなところもあるかもしれない。どんなふうに言われても、自分という人は一人しかいない貴重な人なのだ。私という人を大切にし、これから出会うたくさんの人の私との違いや、その人のいろいろな面をしっかりと受けとめていきたい。

自分の個性について、日本とバングラデシュで体験したことをもとに、率直な思いを表現してくれました。「みんなとは、異なる自分」を「好きだ」「貴重な人」と捉えているチャミリさんに感心しました。今後も自分の個性を受けとめたいという思いからは、笑顔のチャミリさんが想像され、清々しい思いになります。