生きる
浜松市立積志中学校 3年 大石 琳菜

 最近、自殺に関するニュースを私はよく耳にする。その中には、私の父に年齢が近い人もいれば、私と同じ中学生もいた。自分の大切な命を、自らの手で終わらせる。こんなにも悲しいことが、他にあるだろうか。
 「死にたい」この言葉は、私たちの日常生活の中で普通に使われている。誰も本気でなど思っていないが、常識的に考えて良くない。しかし私自身も勉強や部活動などがうまくいかなかったときにうっかり使ってしまったことがあったし、周りが使っていても気にせず聞き流していた。そんな私が変わるきっかけになったのは、母子手帳だ。ある日タンスの整頓をしていたときにそれを見つけ、特に意味もなく手帳をパラパラとめくっていたら、何やら青いペンでびっしりと書かれているページが目に入った。そのページを開けてみると、そこには聞いたことのない薬品の名前や症状の様子などが記してあった。何だか怖くなったので、母に私が生まれてきたときのことを聞いてみることにした。その夜、母は唐突な私の質問に目を丸くしていたが、なつかしそうに昔のことを語ってくれた。
「お母さんは出産の半年前から入院していて、もしかしたら赤ちゃんに奇形や障害が出てしまうかもしれないって言われていたの。私の体も危ないかもしれないとも。でも、私は別に琳菜に障害があろうがなかろうが生まれてきてくれればそれでよかった。結果的には何の障害もなくて、お医者さんに奇跡って言われたんだよ。生まれてからは黄疸があってミルクもすぐ吐いてしまったから、少しの間だけNICUにいたんだけどね。琳菜をこんなに健康的に生んだ私にもっと感謝してよね。」
 この話を聞いたときは、「ふうん。」くらいにしか思わなかった。しかしその後、期末テストがあり、一学期の成績を決める大事なテストであるにもかかわらず、私はあまり良い結果を出すことができなかった。気持ちを入れ替えて、せめて部活では活躍しようと意気込んだものの、気合いに相反して不調が続き、「頭を冷やせ、冷静になれ。」と注意を受けることも増えた。引退間近だったのもあり、焦りは募る一方だった。そしてある日、その日も試合で思うように体が動かず、ついに悲しさと悔しさが爆発して部屋で泣いてしまった。こんな苦しい思いをこれからもしていかねばならないなら、いっそ死にたいと思った。もちろんこのときも別に本気ではなかったが、こう思った直後に、母の話をふと思い出した。自分の体も危なかったのに、死ぬ覚悟で健康かも分からない私を生んでくれた母。そして母を支えてくれた、家族や親戚。その人たちの思いやりのおかげで私はここにいられるのに、私は、ちっぽけな悩みでその命を捨てるようなことを思ってしまったのだ。ただただ情けなくて、すぐさま涙をふいた。「こんなこともう絶対に思わないように今の状況にも屈せず頑張ってやる」そう決意した。自分の命の重さを知ることにより、困難にも歯を食いしばって立ち向かうことができた。
 今思えば、あの時はただ自分のことしか見えず「全てうまくいかない」と勝手に自分をどんどん追いつめて、悲劇のヒロイン気分に酔っているだけだった。監督やコーチによく「冷静になれ」と言われていたのも、それが原因だと思う。自殺をしてしまった人たちも、味方でいてくれる周りの人たちが見えなかったために、自分で自分を追いこんで心が死んでしまったのだろう。だから私は、生活の中で最低一つ幸せを見つけることにした。そう決めた日から、毎日のご飯が本当においしくなった。食べ物をよく噛んで、「おいしい」と口に出しながら食べると、どんな日のご飯もとてもおいしくて幸せだった。そしてもう一つ気付いたのは、自分が笑顔になって素直に思いを口に出せば、一緒に笑ってくれる人が増える、ということだ。「おいしい」を口に出すようになると、いつもご飯をつくってくれる祖母は、「琳菜にはつくり甲斐があるわ」と嬉しそうに言ってくれた。友達にも、思ったことを素直に言うと、前よりもお腹を抱えて笑うことが増えた気がする。今まで自分が気づいていなかっただけで、意識してみると小さな幸せは色々なところにたくさんあった。
 これから私は、受験を終え、高校生になり、どんどん大人になっていく。その中で、苦しくて逃げ出したくなるときも必ずやってくるだろう。しかし、そんな弱い気持ちには負けず、絶対に乗り越えてみせる。多くの人に支えられてこの命が成り立っていること。小さな幸せはいつも近くにあること。素直になれば笑顔になれること。これらのことをしっかり分かっていれば大丈夫だ。きっと力強い一歩を踏み出し、歩いていける。

「人が存在するのには、必ず積極的な理由がそこにはある。」と昔の人は書き残しています。母の思い、支えてくれる人の存在、ささやかな幸福の実感、そして笑顔、それらがどん底にあった人をも救い上げるという気づきに励まされます。自分が存在する理由が形となった時、人は力強く生きる意思を示すことができることを教えてくれる勇気の湧く作品です。