一つの大切な命
富士宮市立大富士小学校 6年 佐野 廉太朗

「無事に見つかったんだ。ああ、良かった。」
山口県で二才の男の子が行方不明になり、六十八時間後に保護されたニュースを見た時のことです。
 男の子は、おじいちゃんとお兄ちゃんと海に向かう途中で、迷子になってしまいました。二日後、警察官が大勢で草むらなどを探しても、なかなか見つかりませんでした。ぼくは、男の子がいなくなってから、毎日お母さんと「まだ見つからないね。どこにいるのかな。」と、ニュースにくぎづけでした。ぼくは、早く見つかってほしいけれど、男の子はまだ小さくて、一人で食べたり飲んだりできないし、もし川とかに落ちてしまっていたら、だめかもしれない、と少しあきらめてしまいました。
 しかし、なんとボランティアの人が山中で見つけてくれたのです。それも、元気な姿で。ぼくは、心の中で(やったー。良かった。)とさけんでいました。一つの大切な命がみんなの協力によって、救われたからです。無事に男の子が戻ってきてくれて、男の子の家族、心配していた日本中の人々が喜んだと思います。ぼくは(二日間も一人で、こわかったに違いない。さみしかっただろう。がんばって生きててくれて、ありがとう。)と思いました。とても、しょうげき的なニュースでした。
 実は、ぼくも三才の時に迷子になったことがあります。お昼寝の後、起きたぼくはDVDを借りたくて、一人で家を出てしまいました。ぼくがいなくなったことに気づいたお父さんとお母さんは、(川に落ちていませんように。)(車にひかれていませんように。)といのりながら、必死にぼくを探したそうです。途中で、救急車のサイレンが聞こえ、お母さんは、半分泣きながら探したと言っていました。元気に歩いているぼくを見つけた時、
「無事に見つかって、本当に良かった。」
と、お母さんに言われたのを覚えています。
 最近では、毎日のようにテレビで殺人事件のニュースが流れています。親が自分の子供をぎゃく待して殺してしまった事件、トイレに産み落とされた赤ちゃんのこと、コンクリート詰めにされた赤ちゃんのこと。簡単に大切な命を消してしまうこのような行為は、絶対に許されません。ぼくは、無抵抗な子供をまるでおもちゃのように殺したり、ぎゃく待したりしたというニュースを見る度に、心が苦しくなり、泣きたい気持ちになります。(どうして?どうしてそんなことを?)と心の中で何度もテレビに問いかけてしまいます。
 また今、自殺する人も増えています。自殺したいと思ってしまう理由はいろいろあるとは思いますが、両親からもらった大切な命、どんなことがあっても簡単に捨ててはいけないとぼくは心から思います。
 道徳の授業で、「みなさん、本当の幸せって、なんだと思いますか。それは、『今、生きている』ということなのです。」という言葉を教わりました。がんと戦い、中学二年生で亡くなった瞳さんのメッセージ。この言葉から「今、生きている」ことがどれだけ幸せで、すばらしいことなのか学びました。だからこそ、今を精一杯生きなければならないとぼくは思いました。
 「命」というものは、いずれなくなってしまいます。だからぼくは、自分で命を落としたり、他人が勝手に奪ってしまったりする行為は、絶対にいけないことだと思います。がんと戦った瞳さんのように『今、生きている』ことを幸せに思い、両親からもらったこの命を大切に、一日一日をしっかり生きていこうと、ぼくは心に強くちかいました。

迷子の男の子が見つかったニュースと自分の体験を結び付け、一つの命に込められた様々な人の思いに気付いていくことができたのですね。ニュースの向こう側にも思いを寄せる廉太朗さんの優しさに心温まるとともに、命を大切にしようと改めて感じさせてくれる作品でした。