一日一日を大切に
磐田市立磐田南小学校 5年 松木 七星

 「イーチャヤレー」
 今日は親せきの家の初ぼん遠州大念仏を見に来ている。遠州大念仏とは、たいこやかねなどに合わせて、なくなった方のくようを行います。遠州地方の夏の風物詩でもあり、無形民族文化財にされています。一家一時間ぐらいかかるので、おそい家は、夜中の十二時を過ぎてしまうこともあるそうです。
 私達は、夜の8時から、9時ぐらいに、くようを行ってもらいました。初めて見たけれど、げんそう的で、なかなかすてきでした。ひょっとこやおかめもいました。そのおかめがお面を取ると、中におじさんが入っていたので、少し笑える面もありましたが、笑うのをこらえて、真けんに、なくなったおじいさんのことを考えました。きっとなくなったおじいさんのつまのおばあさんも、おじいさんのことを考えながら見ていると思います。
 額ぶちの中のおじいさんの顔がとってもうれしそうに笑っているように見えました。その額ぶちの周りに、おじいさんの知り合いの人やおじいさんにお世話になった人など大勢の人がおじいさんにおそなえものを置いていきました。それを見ると、生きていたころのおじいさんの様子が思いうかびます。きっと、色々な人に囲まれて、幸せにくらしたということがよく分かりました。そんなことを考えると、ますます悲しくなってきました。なぜ人は死ぬのだろう。死ななければいいのに。みんな幸せになればいいのに。そんなことを考えても仕方がないのだけれど、つい考えてしまう。そして、自分もいつか死ぬんだ。そんなきょうふにつつまれながらも、遠州大念仏の様子を見ていました。
 みんな、かん単に、死ねや、殺すなどじょうだんでふざけて言っているが、言われた相手は、どうなのだろう。じょうだんで言っているから、笑っているが、心の中では、いやな思いをしているのかもしれない。みんなに仲間外れにされたくないから、心の中の気持ちをこらえているのかもしれない。今まではそんな深く考えたことはなかったけれど、この場に来て、分かった。人に死ねや殺すなど言ってはいけない。あらためて知った。
 そんなことを考えているうちに、大念仏は、終わっていた。この様子をおじいさん見てるかな。喜んでくれているかな。私が悲しんでいると、お母さんが、
「おじいさんは、きっと天国から見て喜んでいるよ。」
「うん。そうだね。」
そうだ、ぜったい喜んでくれてる。そう思いお母さんに、言葉を返した。私の大きい声が聞こえたのか、他の人たちが私を見てにっこり笑って、
「そうね。きっと喜んでくれてるわね。」
その一言で大念仏を見ていた、おじさん、おばさんの周りの空気が、悲しい空気から、とても温かい空気に変わって、みんな笑顔になった。私の一言だけで、みんなが笑顔になった。うれしい。そして思わず私まで、
「アハハハ。」
と笑ってしまった。あぁこんなにも温かい世界があったんだ。
 この日から私は変わった。毎日当たり前のようにお話している先生や、友達、家族とも、思いをこめて、楽しくお話したり、お母さんや、給食の先生が作ってくれたご飯を、感しゃの心をこめて、いただいたり、私の人生にくいのないように。これからも、私は一日一日を大切に過ごしていきたい。

行事の一場面について、その様子をよく観察し、細かく描写しています。七星さんは、亡くなったおじいさんのことを思い、人とのかかわり方について考えを深めました。題名にもあるように、一日一日を大切にすることで、他にもたくさんの発見がありそうですね。