どんな人でも愛されつづけていくべき社会
富士宮市立富丘小学校 5年 村松 空恩

 私のお母さんは、体に障害(しょうがい)をもった人達と一緒に働いています。どのような人達かというと、目や手、体が不自由な人達です。みんなで支え合って、仕事をしています。母は以前、そのことについて、このように話していました。
「私の仕事は、障害をもっている人でも、生き生きと、やりがいをもって仕事ができるように支援することだよ。」
 私は以前、体の不自由な人の生活を追ったテレビ番組を観ました。その方は、子どもの頃から障害のことでいじめられて苦しんでいました。今はお花屋さんをしているそうです。今でも障害は残っていますが、笑顔で仕事をしていました。その方は番組の中で、
「私のように、体が不自由でもこうして一生懸命に仕事をしている、仕事をしたい、という人達だって、たくさんいます。」
と話していました。このように、障害をもっている人だって、仕事をしたいという人はたくさんいます。するとお母さんは、
「二年位前、障害者施設をおそった人間がいたんだよ。犯人は、『障害者は生きていても仕方がない』という間違った考えで事件を起こしたんだよ。」
と教えてくれました。私は、「そんな理由で人を殺すのは考えられない。」と思いました。その時、十九人の人々が亡くなり、二十人がけがをしてしまいました。小学四年生の妹も、
「ひどすぎる。」
と言っていました。私は、そのような理由で障害者を殺してしまうことに納得がいきません。なぜなら、私達と同じように日々の生活の中で少しずつ目標を立て、そこにやりがいを感じ、ほこりを持って生きている人もいるからです。
 繰り返しになりますが、私のお母さんは、障害をもった人達に、少しでもできることを増やし、喜びを得てもらうという仕事をしています。障害をかかえた人達は、働ける範囲が限られてしまっています。だから私達は、可能な限り快く受け止めてあげることが大切だと思います。
 私が四年生の時、うまく言葉が話せなくて、目だけしか動かせない方が富丘小学校の体育館に来ました。そこで、六年生が歌を歌ったり、手紙を読んだりしました。私は、(体の自由を失ってしまっているのに、わざわざ富丘小に来てくださってありがとうございます。)
と心の中で思いました。その方は、自分の生涯のことについて書いた本を出版していました。残念ながらその方はもう、亡くなってしまいました。でも、その方と出会って、私には一つ分かったことがあります。それは、自由を失ってしまった人でも、一生懸命に生きて、人生を生き抜いて、がんばって生きようとしているということです。私は亡くなる前に、とても大切なことを教えていただきました。私は、もし障害をもっている人が目の前にいたら、
「その人の助けになること」
「命を大切にすること」
「できないことを否定するのではなく、良い部分を見付けて、喜び合うこと」
これらのことをまず考えます。「もし、自分がその立場だったら」と相手の立場に立って考えると、人とがんばり合えるのではないかと思います。
 世の中には、いろいろな方々がいます。みんな同じように生きています。私の周りにいる人達に、障害をもった方々を理解し、助け合っていくことが必要だということを、今よりももっと感じてほしいと思います。
「どんな命も大切な命」
亡くなられた方の家族が語っていた言葉です。本当にその通りだと私は思います。理解が足りないと、助け合うこともできません。だからこそ、少しずつでも私達が学んでいき、手を差しのべる勇気や優しさを身に付け、どんな人でも愛され続けていくべき社会を創り上げていきたいです。

障害のある方とかかわりそこで学んだことやおうちの方から教えてもらいそこから考えたことが、しっかりと伝わってくる文章ですね。空恩さんの主張するどんな人も愛され生きやすい社会になるように、私たち一人一人が相手を理解し、行動にうつしていきたいですね。