二つのメガネで
浜松市立曳馬小学校 5年 藤原 惟人

 さすがは日本だ。計画的で丁ねい。「きっちり」としている。でも、失敗が許されない厳しさがあるな。よし、失敗しても構わないし気にしない。没関係(メイグァンシー)モードにしよう。「ゆるーり」な見方で考えてみよう。
 ぼくは、何かある時、「きっちり」と「ゆるーり」という二つのメガネを使うようにしている。
 「ゆるーり」メガネは、台湾生活で手に入れた。ぼくは、二年生から四年生までの三年間、台北日本人学校に通った。学校での勉強は全て日本と同じ。しかし、生活は台湾。日本と台湾を比べながら生活する毎日だった。生活する中で、台湾は「ゆるーり」だな。日本は「きっちり」しているなとよく思った。
 ぼくが思う台湾の「ゆるーり」とは何か。例えば、屋台が並ぶ市場にある輪投げのお店でのことだ。たくさん並んでいる小さなおもちゃをねらい輪を投げる。日本のお祭りでよく見るお店だ。ちょうど台湾の大人の人が遊んでいた。その人は、奥のおもちゃをねらおうと、体を前に前にたおしていた。そして、なんと輪を投げる前にそのままたおれてしまい、並んでいたおもちゃをたなごとたおしてしまったのだ。おもちゃは床に転がりぐちゃぐちゃになってしまった。さすがにお店の人もおこるなと思ったしゅん間、おどろくことが起こった。おもちゃをたおしたお客さんが、「没関係(メイグァンシー) 」と言ったのだ。中国語で言う没関係(メイグァンシー)とは「構わないで」とか「気にしないで」といった意味があるはずだ。とするならば、たおした人が言う言葉ではない。おどろいた。おどろいたことはそれだけではない。続けて店の人も「没関係(メイグァンシー)」と言ったのだ。その時は、なぜ没関係(メイグァンシー)で解決したのか分からなかった。今、ふり返ると、「たおしてごめんなさい。私は大じょう夫。」と「店も大じょう夫だよ。」という失敗を許し合う、細かなことを気にしない思いが「没関係(メイグァンシー)」にこめられていたのではないかと思う。それが、台湾で感じる「ゆるーり」だ。
 似た経験は、台湾でバスに乗った時、食事に出かけた時、現地の小学生と交流した時など、何度もした。
 ただ、「ゆるーり」はよいことばかりではない。失敗を許し合うということは、自分にとってよくないことが起こった時に、相手を許したり、あきらめたりしなくてはいけなくなるのだ。
 例えば、四種類四機のこまが入ったおもちゃセットを買った時のことだ。箱を開けると確かに四個入っている。でも、三種類しかない。同じ種類のこまが二個入っていたのだ。その時ぼくは、少しなやんで、そしてあきらめた。お店の人が品物を間ちがえたわけではないし、四個あるからいいじゃないか。没関係(メイグァンシー)と言われる気がしたからだ。
 同じことが日本で起こったらどうするだろうか。多分、お店の人に伝え、品物を交かんしてもらうだろう。日本は、品物を間ちがうことがあることも計画していて、「きっちり」と対応してくれると思うからだ。
 「きっちり」するとうまくいくし、相手はうれしい。でも「きっちり」するということは、完ぺきにしなければいけないことだから少し苦しい。よさも、見方を変えるとそこから欠点が見つかり、そしてきっと、欠点からはよさが見つかる。
 ぼくはこれまで、日本と台湾の二つの地で生活をした。日本と台湾、どちらの国にもその国なりのよさがあった。そのよさを知ったことで、「きっちり」と「ゆるーり」の二つのメガネを手にすることができた。
 日本と台湾にはちがいがある。よく考えると、クラスの中でもちがった考えがある。もし考えがちがってこまったら、「きっちり」と「ゆるーり」のメガネが使えそうだ。
 友達はきっちりしたいけれど、ぼくはゆるーりがよいと思ったとしよう。ぼくの考えをむりやりおしつけようとすると、うまくいかない。反対に、友達の考えだけになったら、ぼくがいやだ。そんな時に、二つのメガネを使い、友達はきっちりしたいんだなと分かりたい。そして、友達の立場に立って、その考えのよさに気づきたい。台湾や日本のよさに気づいたように。さらに、これからどうしたらよいかいっしょに考えていきたい。
 ぼくは、「きっちり」と「ゆるーり」の二つのメガネをもつことができた。しかし、この先、様々な場所に出かけたり、いろいろな人と出会ったり、たくさんの本を読んだりして成長すれば、ちがうメガネも見つかるだろう。これからは、見つけたメガネを使い分け、友達だけでなく、これから出会う世界中の人と協力していきたい。

二つの見方の発見から、惟人さんは、友達の立場に立って、その考えの良さに気づきたいと主張しています。考えの違う相手を受け入れて、良さを引き出そうとする姿勢は、これからの時代、ますます必要になるでしょう。様々な考え方を吸収し、たくさんの人と協力して、これからも活やくしてください。